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材料探し

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設計が進み、工事に入ると、いつも使う材料を探しに市にいく。 今回は、鮨屋さんのカウンター天板や飾棚などを探しに行ってきた。 基本的に製品市に行くが、一枚板なども数百とあったりするので、毎回行くたびに材料との一期一会の出会いだと思う。 morrowは、設計施工を基本としているが、さらに、市の会番があり、市で直接買えるのは、自分でいうのもなんだが、かなりめずらしい部類だと思う。 実際に使う材料と向き合って、一度設計した諸々を再度設計し直し、建物をつくっていく。カタログから既製品を選ぶのとは全然ちがい、材料の素性やそれぞれの個性をみて、それをどう生かそうか考えながら設計することは、設計としてのリアリティラインを底上げしてくれる。 「建築は素材で描く詩である」 この言葉により深く身をおけるよう、市に行く前までに、設計の細部までの検討を行うことが大切になってくる。

長野旅行

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GWに長野市へ旅行に行ってきた。 まずは善光寺。 数時間しかいなかったが、ゆっくり1日かけて観るべきでした。 続いて、長野県立美術館 東山魁夷館 大学の友人宅に宿泊。今回は3家族集まりました。 志賀高原へ行く途中に渋温泉へ 温泉街に無料卓球場や射的場があり、次回来る時は泊まりたいところでした。 志賀高原、ホテルアストリア 静かなアンティークなホテルに宿泊しました。 志賀高原スキー場の頂上へ まだスキーヤーもいる中、日本一高い場所にあるパン屋さんにいってきました。 志賀高原はまだ新緑が薄く、少し時期が早かったですが、 この時期の少し冷たい澄んだ空気と素晴らしい景色に癒されました。  

2坪の倉庫

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小坂井の家で倉庫を作りました。 板倉造なので、現場施工は屋根や建具、諸々含めて2日で終わりました。 朝は雨の中、テントをはってスタート   波板をむくらせ、役物のないシンプルな屋根 扉は、壁板を現場で剥いだ、アウトセット引戸 内部 照明も簡単だけどオリジナル 大工工事は松下建築さん 他は私が自主施工 小さな規模だけど楽しめました!

鳳来 旧田口線の廃線トンネル

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少し前だが、鳳来に精進料理を食べに行った帰りの寄り道。 暗いトンネルを抜けた先は、杉林の中。自然の力強さと、木々の美しさ、かつて人々が開拓した場所に、大いなる自然がおおい重なり、湿度の高いその場所に落ちる木漏れ日に神々しさを感じられた時間だった。 河津桜の咲く街道にも寄り道した。 春の風を感じ、トンネルからの桜。映えスポットでした。

久々の海の博物館

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牡蠣を食べに志摩のパールロードへ行ってきた。余った時間に海の博物館へ。 毎回来るたびに発見があるこの場所、この建築に、建築のすばらしさを身に染みて感じる。 過去に十数回来ているが、建築を見よう。と意気込んで来ることがおおく、家族でふらっと来てみるのは初めてだった。 建物の中で展示を雑談しばがら鑑賞する時間、建物から建物へ敷地内を散策する時間、高台にあがって一休憩して見渡す時間、全部をゆっくり観るような時間はなかったが、広々とした敷地内をシークエンスとして多くの体験を与えてくれて、緩やかだが、場面場面で驚きがあり、鑑賞者と建物、展示、敷地のさまざまな要素との距離感が絶妙なバランスを楽しませてくれた。 建物としての構成や、工法、プラン等の計画的なこと以上に、その場所での「時間のバランス」が家族と来て、とても参考になった。

備忘録

建築における唯一の正しいねらいは「自然に無理なく建てる」ということである。誇張してはいけない。不必要なものをつくってはいけない。余分なものはすべて、時間とともに見苦しくなる Alvar Aalto, Saunatemppeli, 1925 あなたの家のためにアドバイスをするならば、さらにもう一つの特色を家に与えなさい。どこか小さなディテールの中で、あなた自身をさらけ出すのです。家の携帯のどこかに故意に弱点を見せるのです。この特色なしには、どのような建築の創造も完全ではありません Alvar Aalto, Porraskivelta aekihuoneeseen, 1926 目標は、構造と調和することでできた純粋な形態をできる限り諦めず、感覚に訴えるような心地よい素材や仕上げを増やすことで、建物にいかにもつくられたような人工的な建築のリズムが生じないようにすることである Alvar Aalto, KORENMAA, AALTO AND FUNNUSH INDUSTORY

ある駐輪場のデザイン

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とある文化会館の駐輪場。 きっと30年以上前につくっているだろう。 過去の時代が豊かだった際の遺産だ。 今の感覚であれば、駐輪場なんて安く作ればいいよ。ってなりかねない。 だけど、少し想像を膨らませれほしい。こういったちょっと変わったデザインだから、 さまざまな波及効果はあるだろう。この場を使う様々な人が、この駐輪場の空気感を感じるのだから。 このデザインのことを少し考えてみる。 まずこの駐輪場のR状の屋根が、適度に駐輪スペースを包み、反対側が見通せないため、ちょっとしたプライバシーの確保ができる。学生であれば友達とここで少しおしゃべりすることもあるだろうし、利用者が施設に入る、帰る際の心の階層に、少しでもホットできるスペースになり、施設利用の心の奥行き感が得られるだろう。 次に、自転車のホイールを切り取ったような、円弧状の鉄骨の構造だが、この構造が全てのを担い、そのシステムの連続により構成されていることで、シンプルで明快であり、構造的なディテールが意匠にそのまま現れ、個性的で美しい建物となっている。 個性的で美しいことは、街の魅力であり、豊かさである。 それが、そこで育ち生活する街の雰囲気、空気感となっていくから。 また、シンプルな線形の列の構成を2列、斜めに振って構成されており、均質になりがちな駐輪場に余白があり、ちょったした広場にもなっている。ただ駐輪という機能だけを押し詰めた場所でなく、そこで自転車でぐるぐる回っている子がいたりして、暗いイメージの駐輪場だが、なんて明るい雰囲気の駐輪場なんだと思える場所だ。 見逃してしまうデザインかもしれないし、設計者が誰かも知らないが、この設計者は少なくとも今自分が思いつくようなこと以上のころを想像していただろうし、これを造った職人たちも含め、きっとこの仕事は、たのしかっただろうなって思う。 ただ、当初はアスファルト舗装ではなかっただろうし、メンテナンスが行き届いてないところを見ると、あるあるだが、管理者にその価値を分かって欲しいし、物の価値について、様々デザインに耳を傾けてほしいとも思う。 デザインのなかには、利己的なモノや作者の嫌らしさが現れているモノ、雑多な機能に溢れたモノも多いなか、こういったシンプルな機能だからできる駐輪場は、発注者、設計者、の意図が現れやすい部分なんだろう。