街を見る

個人の利益のための個人的な行為は活動の根源的な力として誰もが持つ。だが個人が個人としてあることは他所との共生関係のもとで、そこへの思い、優しさ、感謝の念が同時にあるべきだと思う。
だけどそうはいかない。
都市部は建物が密集していても土地を利用できるよう、経済の効率性に偏り、まず個人の利益を守られるように体裁を整えている、都市計画法、建築基準法がある。

頭で考えている都市計画は、そこでの生活者、それを誰が作るかということに重点はおかない。息苦しく、閉じ込められた部屋、床面積等の数字上の意味を頭ごなしに指導することに本質的な意味と勘違いしているとしか思えない。
マンションという鉱物的なモノの集まる都市に、変化という本質を踏まえ、身体感覚に基づく街であったらいいなと思う。

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